● 風神雷神図

季節柄、描いてみました。
最近東京でもよく闊歩されておりますね。外出時に雷雨にさらされると、「雷神様、当たらないでください」とお祈りしたい・・・んですけれど、具体的に名前や対象を思い浮かべること自体が、その存在を近くへ寄せることになりそうで、念じるかどうか悩みます。
この絵はとってもポピュラーです。
俵屋宋達が創作して描き、 尾形光琳が模写し、酒井抱一がまたまた模本を制作。有名なのはこの三枚です。
先日、このうちの宋達と光琳の絵が並んで展示されるという、超ゴージャスな数日間がありました。もちろん行ってきましたとも!
私は光琳の絵で構造を確かめつつ、でも、宋達の絵をベースとして描きました。なので矛盾点(雷神の左手おかしくない?この紐どこからきたの?等々)はそのまま残しています。
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彫刻として残っている風神雷神は結構違った感じです。絵みたいに動物(?)っぽくなくて「阿吽像」みたいな憤怒像系だし、指が三本であったり等、言い伝えがきちんと踏襲されています。
宋達と光琳の絵の違いはたくさんありますが、私がどちらの絵をベースするかと決めるポイントとなったのが「視線の違い」でした。
光琳の絵は風神と雷神が視線を真ん中で合わせています。にらみ合いの迫力が画面に生まれています。宋達の絵は、雷神は下方を、風神は左方を見ています。視線は合っていません。
雷は垂直に動き、風は縦横無尽ではありますが、基本的には水平に動くイメージが強いです。だから宋達はそのように描いたんじゃないでしょうか。縦と横のエネルギーの二枚の絵が対になっている屏風・・・というのが宋達の狙いかと感じました。
置かれた空間に強い磁場を生み出しそうです。
この違いによって宋達の絵には立体感と、神様の力が生まれているように感じました。
光琳はこの屏風絵を「図案」として、華やかに、現実の物質とも矛盾少なく、神様を描いたのでは・・・と思いました。




